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鉄じいがゆく 第34話 (カラオケ編 その7) [改訂保存版]

さて、いよいよ開店の時間が迫ってきたが、果たして客は本当に来るのであろうか
我々は、不安ではあったが、午後7時、大音響のサウンドと共に、鉄じいのカラオケは遂にオープンした。
こういう開店の日は、ビールは有料だが、つまみは無料で提供されるのがこの辺りの慣わしである。
エビフライ、マグロの刺身、鶏のから揚げやフライドポテト、チーズ、ウインナーなどの各種オードブルが、テーブルの上に、所狭しと乗っている。

私と鉄じいが昨晩から仕込んだもので、追加が必要な場合は直ぐに用意できるように、材料はたっぷり仕入れてある。
当然のように、ポリスのダン、食堂のレイ、米屋のボン、電気屋のサルの四天王は、開店前から既に席を陣取って、既
に飲み始めていた。
今日に限って、彼等にだけは全て無料のご招待だ。
開店に当たっては、少なからず尽力してくれたお礼とも言えよう。

その内に、空港警察のボーイ、その他近所の付き合いのある人達や、はたまたダンや私の共通のPAREである、バラ
ンガイのキャプテン夫婦までがやってきて、全ての席が全て埋まってしまっている。
仕方なく、樹脂製のテーブルと椅子を急遽近所から貸して貰い、店の外にまでテーブルを広げる羽目になったくらいだ。
てんやわんやとはこのことだが、予想外の人出につまみが間に合わず、鉄じいと私は、キッチンに篭もりっきりで、それ
らのお客に挨拶もままならない。

それを見かねた食堂のレイが、急遽キッチンに入ってくれたお蔭で、かろうじて一息ついた我々は、やっと本日のお客に拶回りをすることが出来るようになった。
こうしたお客の多さは、半分以上ダンの顔が効いているからなのだが、その彼はと云えば、いつものことで、こういう只で食べ放題のチャンスの時は、わき目も振らずに黙々と食べ物を口に運んでいた。
ビールなどの飲み物は、そっちのけである。

ダンはマグロの刺身が大好物で、その彼の為に、近所のシーサイドマーケットで刺身用マグロを数キロ買って置いたのだが、他のお客も結構好きな人間が多いらしく、早めに無くなりそうだったので、私が追加を急いで買いに走った。
大出費だが、これもやむを得ないであろう。
肝心の、井戸のお化けの仕掛けだが、今、席に座っている殆んどのお客は、開店前の時期に、サルの作った仕掛けを、下見にやって来ており、残念ながら、改めて吃驚するようなお客は、ほとんどいなかった。

その点だけは少し物足りないような気がしていたが、唯一例外を云えば、この日のたった一人の女性客である、バランガイキャプテン夫人が、店に入った瞬間、気絶しそうなくらいな大きな声で悲鳴を上げて呉れたので、少しは効果があるのだなという気がして、多少ほっとしたことくらいのことである。
ウエイターであるトンテンシャンの三人組もてきぱきと動き、ご祝儀で、次々にテーブルに呼ばれる女の子達も、まだ慣れないながら、一生懸命カラオケを、お客に勧めたりと、まずまずの動きをしてくれたようで助かった。

さて、初日の営業はそのあと幕となり、いよいよ売上計算の時間になった。

初日ということで、最初から、今日の営業は、夜中の1時までと決めていたので、その時間には、さっさと看板にして、店を閉じ、女の子には先に帰って貰い、トンテンシャンの3人だけを残し、早々計算してみることにした。

ビールは、全部で22ケース出て、その売上は、25ペソ/本、計算で13200ペソ、レデースドリンク(LD)は、一杯120ペソで23杯出ているから2760ペソということになる。
つまみ代を無料にした分、合計15960ペソが、今日の総売上ということである、
その当時のSMBビール1ケースが220ペソほどで、そうなると、メンズビールの原価が4840ペソになった。
その他の、女の子の基本給(アラワンスといい、指名がなくても、一日50ペソを保証する制度)がある。

これに、LDの原価であるビール、ジュースを足しても、1000ペソ未満くらいであろう。
LDバック(女の子のレディースドリンクマージン)は、他店と同様、店が6で女の子が4だから、1LDに付き48ペソX23杯で、1104ペソという計算になった。
それらを引くと、9000ペソ余りが荒利だが、これに税金、家賃、水道光熱費、3人のウエイターの月給(住み込みで3食付き、一人頭1500/月)の出費も1日分引かなければならない。

つまみは無料ということで、かなり張込んで結構な出費だったのではあるが、初日の営業としては、損はしないまでも、これから先行きのことを考えると、まずまずの滑り出しだったと云えるであろう。
女の子へのLDバックは、基本的に即日清算である。
彼女達は、先程帰る時に、LD一杯に付き48ペソのLDバックを、鉄じいの手みずから受け取ると、さすがに嬉しそうな顔をして帰って行った。

もちろん鉄じいは、一人一人の女の子に対し、『明日も頼むでえ!』、と握手しながら、声を掛けるのも忘れなかったが、今日1日で一人で8杯もLDを獲得した、一番人気になりそうな予感のするクリスには、私の思い過しかも知れないが、握手の時間が長すぎたように感じた。
『みんな、ご苦労さんやったなあ!、ほな乾杯といこか!!』
やっと清算が終わった後、鉄じいの音頭で、私もトンテンシャン達の3人も、やっと腰を落ち着かせて乾杯が出来た。

3人のウエイターの内、テンとシャンは下戸である。
一本のビールを飲むのにも、1時間以上も掛けているくらいだ。
反対に、トンはこれでもかというくらい酒豪で、底なしに飲んでも酔わないので、鉄じいが慌ててお開きにしたくらいのつわものであった。
明日の売り物を、全部飲まれてしまってはかなわない。

三人には悪いが、先に帰って貰う事にした。
が、彼らが帰った後に、私は鉄じいに釘をさすのを忘れてはいなかった
クリスのことだが、そのことを云うと意外な答えが返ってきた。
『あのなあ、言うとくがわしはなあ、あの娘全然タイプちゃうねんでえ・・・』
『ああっ!』

そうだ、思い出した!
マリベールの時もそうだったが、鉄じいは、欧米人好みの女にしか興味がなかったのだ。
『ははは...』、要らぬとり越し苦労であったと私は苦笑いをしてしまったが、この男にはこれくらいの苦労が必要だ。
さて、次の日からは、通常営業である。
一体、どんな波乱が待ち受けているのやら・・・


続く・・・


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鉄じいがゆく 第33話 (カラオケ編 その6) [改訂保存版]

電気屋のサルは、本名をロサリオという.
皆からはサルとか呼ばれてはいるが、勿論、日本で云い猿という意味ではない。
ダンと同じく私のベストフレンズであるが、性格は誰よりもおとなしくて温厚だ。
それに、極度の恥ずかしがり屋で、自分の権利などは一切主張しようとせず、ただ黙々と仕事をこなすタイプで、その分儲けにならない仕事を任されることが多く、私なども、結構その恩恵に預かっている方かも知れない。

頼まれやすい性格だが、とにかく余計なものは一切受け取らないので、いつまでたっても貧乏だ。
商売にしている電気関係の仕事は、その辺の肩書きだけのエンジニアなんかより遥かに出来るし、何と言っても発明好きなのがいい。
単相から三相に変換するトランスフォーマーを自作してみたりと、とにかく工夫好きで、研究熱心なところは職人気質だが、そういう人に往々としてありがちな、無邪気さというか子供っぽいところも多分にあった。

さて、その日からのサルは、鉄じいのお化け井戸の製作に没頭し始めた。
仕上げたからといって、莫大な報酬などあるわけでもないが、ただ、私や鉄じいのために、何も言わずに一生懸命にやってくれる姿は、本当に頭が下がる思いがする。
そのことを彼にも言ってはみたが、『おれは、好きでやってるんだから、別にいいのさ・・』、という答えしか返って来ない。
いかにも朴訥な性格だけあって、それ以上感謝の言葉をしつこくいうと、逆に怒られてしまうくらいだ。

憚れるくらいの集中力を持って取り組んでいるので、うっかりと声も掛けられない状態が何日か続いていった。
そのサルが、自宅の修理ショップで研究を重ねている間、店の方の内装も終わり、残すのは、お化け井戸の仕掛けと、トイレでの仕掛けのみになってきた。
サルは、店が開店間近になってきたので、急ピッチで仕掛け作りを完成させようと、とうとう徹夜みたいなことまでをして、仕掛けを完成させて呉れた。

さて、こうやってみんなが苦労して作り上げた、鉄じいのお化けカラオケとは、一体どういうカラオケになるのであろうか?
そうして、ついにそのカラオケ店は、その姿を明日の日曜日に人前に表すことになる。
名付けて、Iron's Ghost House KTV!
意味は直訳で、『鉄の幽霊屋敷』、だが、Ironというのが人の名前だとは誰も思わないであろうから、皆からは、全然意味が分からないよと不評であった。

が、そんなことには、勿論お構いなしの、鉄じいではある。
要するに、彼が満足していれば良いのであって、もうサインボード(看板)も出来上がってきているし、このままの名前で、開業するしかなさそうである。
サインボードは、近くの看板屋で特別にあしらえて貰った、曲線の蛍光管を使ったカラフルなデザインで、4万ペソも投じた大傑作であった。

ではさっそく、店の中を紹介しょう。
中へ入ったとたんそこは薄暗くなっており、そこには鉄じい自慢のレンガ仕立ての井戸があって、中からは、電気屋のサルの苦心作のお化け人形が、稲妻のような照明の点滅とともに、目を光らせ両手を前に差し出しながら、ひゅ~と出てくる仕掛けがある。
その井戸と店の内部は、黒のカーテンで仕切られており、光は遮られている。

一旦カーテンの向こうに入ってしまうと、そこは見えないようにしてある工夫だ。
テーブルの照明は、キャンドルのみで、壁には杭の刺さった棺桶が立て掛けてあったり、西洋の鎧のような物があったりで、その顔の部分に髑髏が見えたり、魚の水槽には、ホルマリン漬けの魚が浮いていたりと、あちこちにさまざまなディスプレイが施されている。
結構、本格的なゴーストハウスにはなっていた。

もちろん、KTVなので女の子は雇っている。
取り敢えず8人ほどは確保したのだが、服装は少しそれっぽく、ハロウィンスタイルのようにしてはいたものの、顔のメイクだけは彼女達のたっての要望で、普通のメイクに抑えることにした。
まあ、顔までお化け色を強めたら、それこそお客が寄りつかないかも知れない。
当然といえば、当然かも知れない。

さてシステムであるが、ビールは一本25ペソ、カラオケは一曲5ペソに設定とした。
当時の相場からいうと、他のローカル店はビールが20ペソの所が多かったのだが、いろいろと内装などに経費を掛けた分だけ、鉄じいが少し上乗せをしようと言い出したので、私が反対したにも拘らず、25ペソに設定されてしまった。
彼に云わせると、これでも安い方だという。
それだけ、自分の企画に自信があるのだろう。

しかし、値段に敏感な庶民の地バクラーランなのに、果たしてこの値段で客がつくのであろうか?
私は、正直不安を隠せなかった。
ともかくも、トンテンシャンの3人のウエイターや8人の女の子達との打ち合わせも終わり、鉄じいの化け物カラオケ屋敷の、開店準備は整ったのである。
私たちは、身震いする思いでその日を迎えることになる。

さて、クリスマスまであと8日と迫ったこの日、鉄じいの化け物カラオケ店 『Iron’s Ghost House KTV』は、とうとう開店時間に、あと1時間に迫る所までやってきた。
途中、イミグレーションに鉄じいが誤認逮捕されそうになったり、カラオケ機の紛失未遂事件があったりと、いろいろと慌しかったのであるが、棟梁のアラン他3人の大工達や電気屋のサルのお蔭で、突貫工事も無事に終わり、無事に祝開店の幕を上げることが出来た。

鉄じいの店は、無事にオープンした。
が、ダンの店はどうなったのだろう?
話は前後するが、丁度この時例のテーブルと椅子の事件があり、買い直しをしている最中で、思わぬ出費でカラオケセットを買う予算がなくなってしまっていた。
仕方なく、金持ちの姉夫婦に借金の申し込みをして借りたのだが、オープンまでは、もう暫く掛かりそうな状況である。

鉄じいは、もう得意の絶頂にあった。
『わしの店やで~、わしのもんやで~』、といいながら、壁をさすったりテーブルを撫でたりと、まるで自分の孫を可愛がるような仕草をしている。
開店を前にして、先程から落ち着かないのか、そわそわしている状態だ。
こんな男でも、多少は緊張するのかも知れない。

さあここで、8人のGROの女の子達を紹介をしておきたい。
8人とも、芸能プロモーションの所属である。
出身は全て、ミンダナオのダバオ。
私の知り合いからプロモーションを紹介されたのだが、彼女たち全員がジャパゆき候補生で、日本語はまだ出来ない。
一番の年上は、リサという名前で26歳。

背が高く、このグループのリーダー格で、色白なのだが日本語の覚えるのが遅く、プロモーション所属が一番長いくせに、未だにオーデションに合格していない。
ちなみに、プロモーションのマネージャーからは、彼女達に日本語を教えるからという条件で借り受けており、容姿のレベルが高い分、見返りの日本語の上達に期待を寄せられていた。
もちろん、日本語講師役は、私に押し付けられてはいたが・・・

ついで、レイア、メリー、ルビー他四名なのだが、その中でも目を引いて可愛かったのが、18歳になったばかりのクリスティーンという女の子である。。
彼女は、美しいというよりキュートな感じで、色白で背はそれほど高くはなかったが、他の女の子より群を抜いて容姿がすぐれており、恐らく店で、NO1人気になるのは間違いなく思われた。
私も思わず、クラクラと来たくらいである。

本来なら日本人向けカラオケに出るのが、日本語修行には一番持ってこいなのだろうが、以前彼女達の仲間が、ある日本人向けカラオケで悪い日本人に誑かされ、プロモーションが折角育てたタレントを、使い物にならなくされた。
その苦い経験から、プロモーションのママが、わざわざ鉄じいの店に預けてくれたのだ。
鉄じいに、彼女達には絶対手を出すなと、私が念を押したのは云うまでも無いが、義理には厚い鉄じいの事、人の顔に泥を塗ることだけは絶対にしない男だから、その点だけは安心出来よう。


続く・・・


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鉄じいがゆく 第32話 (カラオケ編 その5) [改訂保存版]

月曜日の夜が空けた。
会社を休む羽目になった私は、朝の8時に、鉄じいと一緒に店に行ってみることにした。
夜中の3時頃まで話を続けていたのにも拘らず、6時になると、『さあ起きろ』と、私を蹴飛ばして起こす鉄じいである。
渋々と起きた私ではあったが、こんな鉄じいの元気の良さが信じられない。
何の情熱が、ここまで彼を駆り立てるのであろうか?

会社を休む旨上司に電話を掛けたのだが、『またかよ』みたいな口調をされたので、これからは、そう簡単には休めないかも知れない。
鉄じいは、そんなことにはお構いなしで、鼻歌まじりで上機嫌である。
店に行く途中に、電気屋のサルにも声を掛けた。
電気系統に詳しい彼なら、いいアイデアもあるかも知れないと思ったのだ。

電気屋のサルも同行を快く承諾してくれ、トンテンシャンの3人も加え、総勢6名で店に行ってみた。
だが、店の鍵は閉まっており、合鍵で開けてはみたが、中には人の居そうな気配は無い。
本来ならば、大工たちが来て、作業を開始している時間ではある。
本鍵は、3人の大工の棟梁とも云うべき、年長者のアランという男に預けてあった。
既にアラン達が来て、鍵を開けて作業を始めている筈なのに、人っ子一人居ないというのはどうした訳なのだろう?

不審に思った鉄じいが、真っ先に店の奥に入って行った。
『あ~・・・・・』
鉄じいが、奥で叫び声を発した。
私たちも向かったが、彼が指をさしている方向を見ると、買ったばかりのカラオケセットが無い。
マニラのサンタクルスにある電気屋街で、15万ペソ位で買ったカラオケセットだったのが、物の見事に無くなっている。

『何でじゃい、何でなくなっとるねん?、一体大工らは何処へ行ったんじゃい?』
鉄じいは、もう大騒ぎである。
『て、鉄じい、他にもなくなっとる物がないか調べるのが先決じゃ!』
私の一言で我に返った鉄じいは、店内を回って調べてみたが、幸いにも、他の物には手を付けている様子はない。
私は、少しはほっとしたが、鉄じいはそうはいかない。

『くそったれ~!』
憤慨した鉄じいは、壁を蹴ってあたっていたが、分厚いコンクリートの壁なので、如何に鉄じいが空手の有段者でも、さすがにびくともしない。
『そうだ鉄じい、ダンの所へ行こう、あの大工達を紹介したのはダンや、彼なら何か知っとるかも知れないよ。』
『おお、そやった、そやった、早速ダンの所に行ってに聞いてみよう。』

私たちは、一路ダンの家に向かうことにした。
例え大工が盗んで逃げたにしても、奴らの居所くらいは知ってる筈だと考えたのだ。
ダンの紹介ゆえに、信用し、鍵を大工の棟梁に預けた我々であった。
我々がダンの家に行こうと、急いで店の外に飛び出した丁度その瞬間、見覚えのあるミニジープがそこに止まった。
よく見ると、何とダンである。

ダンは我々の顔を見ると、ニコニコ笑いながら、ジープから降りつつこう云った。
『おっはよう、パレー、テチュさん!』
まるで酔っ払っているような、バカ陽気な声のダンである。
するとその後部座席から、これまた例の大工達が、赤ら顔をしたまま、ジープから降りてくるではないか。
我々は、それを見て目を疑った。

何故ならば、彼らは降りてくると同時に、無くなったと思っていた鉄じいのカラオケセットを、ダンの指示で、せっせと降ろしては店の中に運び始めたからである。
呆気に取られた我々は、ダンに駆け寄って事情を聞くことにした。
ダンが先手を制して、大工達を取り押さえてカラオケセットを取り返したのかと思ったのが、どうやらそうでもなさそうな雰囲気である。

どちらかと云えば、のんびりと当たり前のように作業をしている。
『パレ、ダン、一体これはどういうことなんだい?』
『何だいパレ? 何かあったのかい?』
『何かあったって、いや、このカラオケセットのことさ・・・』
『ああこれかい、これは昨日イカウにメールした通り、昨日のフェスタで使ったんだよ。』

『フェ、フェスタ?』
『ああフェスタだよ、この大工達の住んでいる所のバランガイのフェスタさ、昨日テチュさんにカラオケセット貸してって云いに行ったら誰も居なかったから、イカウに借りるよってメールしたでしょ?』
それを聞いた私は、急いで自分の携帯電話を見てみた。
何と、電源がOFFになっている。

これでは、メールは見られない筈だ。
電源を入れて見ると、確かにダンの云ってる内容がメッセージに入っていた。
昨日は日曜日なので電話を切っていたし、今朝会社へ休む旨を伝えた時は、ランドライン(固定電話)の方を使ったので、うっかり見逃していたのだ。
恐らく、鉄じいとの話に夢中になり、充電するのを忘れていたようだ。

ダンの話によると、昨日は大工達の住んでいる地区のフェスタということで、招待されて飲んでいたが、鳴り物が無いと寂しいということになった。
その時に、鉄じいのカラオケセットをダンが思い出したらしい。
借りることを考えたダンではあったが、連絡を取ろうにも、鉄じいは私の家で飲んでいたし、3人の侏儒のトンテンシャン達も、昨日はその時間は買い物に出掛けていて、たまたまそこには誰もいなかった。

代わりに私にメールはしたものの、返事がないけど、まあ借りてしまえというダンの判断で、大工達の手で運び出されたというのがが真相のようである。
しかも、ご丁寧にメールには、我々にも後で合流するようにとも書いてある。
考えてみれば、ダンはまだ自分の店用のカラオケセットを買っていなかったし、鉄じいも普段からいつも迷惑を掛けっぱなしのダンに対して、自分の物で必要な物があったら、いつでも使っていいよと云っていた。

そういうことだから、ダンも、気軽に使ってしまったという訳である。
考えてみると、他愛のないことであった。
人騒がせな一幕であったが、何事も無くめでたしめでたしである。
しかし、簡単に人を疑うなど、以ての他だと反省させられた。
でもまあ、カラオケセットも無事に返ってきて、本当に安心した我々ではあった。

さて、今日の本来の目的は、大工達との内装についての打ち合わせである。
ついでだから、ダンにも一緒に参加して貰うことにした。
どうせ二日酔いだろうからええやんかと、これまた強制参加である。
ダンに、『リング』のストーリーを聞かせ、店の中で井戸を作る案を聞いてみたのだが、何と、途中から鼾をかき始めて眠ってしまった。

何らかのアドバイスがダンから欲しかったのではあるが、この男はいつもこの調子だ。
仕方が無いので、残ったメンバーだけで、打ち合わせをすることにした。
鉄じいの案では、店の中に入った途端に井戸があり、客が出入りする都度、お化けの格好をした3人の侏儒のウエイターが、『いらっしゃーい』、と井戸の中から出てくればいいというのだが、スペースや大きさはどうなるのだろうかという問題や、それが果たして客に受けるのかという問題もあり、話は難航ばかりしてしまう。

『こういうのは、どうかなあ?』
それまで黙っていた、電気屋のサルが云った。
彼の言いたいこととは、こうである。
いちいち井戸の中に人が入っていたのなら、客が来るまで待ちくたびれて疲れてしまうだろうし、時間も勿体無い。
それよりは、等身大のお化け人形を作り、釣り糸のような素材で、それを吊り上げるような仕掛けを作るのはどうか?

『ふむふむ、なるほど・・・』
鉄じいが、身を乗り出してきて、サルの話に聞きに入った。
『客が来るたびにスイッチを押すと、井戸からそのお化け人形が出てきて、客を脅かすんだけどどうかなあ、かなりここの客には受けるとは思うけど・・・』
サルが、同意を求めるようにそう云う。

鉄じいは、両手を上げて賛成だ。
『その案ええなぁ、わしは気にいったでぇ、それやそれやそれでいこっ!』
トンテンシャンに余計な負担が掛からないし、『そんなにお金も掛からないよ』というサルの一言でそう決定したのだが、そういうからくり装置を作るのは、勿論言い出しっぺの電気屋のサルになるであろう。
彼がこういう細工物を考える時は、子供に戻ったように目が輝いてくる。

電気屋のサルは、この話を進んで受けた。
さて、それから話は進んで、トイレの中に仕掛けを作ろうだとか、料理のメニューに怖い工夫を凝らそうとか、色々な案をみんなで出し合い、最後は有意義な一日に終わったのだが、その間ダンは一瞬たりとも起きようとはせず、ずっと眠りこけたままであった。
自由出勤のポリスなど日本では考えられことだが、何でもありのこの国のこと、読者の方は了とされたい。


続く・・・


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鉄じいがゆく 第31話 (カラオケ編 その4) [改訂保存版]

鉄じいのカラオケ店の調度品が揃い、内装も完成しつつあったある日のこと...。
彼が最も機嫌のいい時に出る歌、植木等の「スーダラ節」を鼻歌で歌っていた時に、その事件は起きたであった。
鉄じいは、アパートの中で、インスタントラーメンを作っていた。
その時である。
部屋のドアを、ノックする音が聞こえてきた。

鼻歌をやめた鉄じいが、ドアを開けて見ると、何やら見慣れぬ男達が立っている。
鉄じいが何の用だと聞くと、お前の名前は何だと聞くので、『わしは、テツだ』と英語で答えると、男達は一斉に鉄じいを拘束して、部屋の中に乱入してきた。
男達は、鉄じいにイミグレーションの人間だと名乗ったようだが、鉄じいには聞き取れなかった。
驚いた鉄じいは、『何さらすねん!』と言って、男達を振りほどこうとして思い切り身体を捻った。

その勢いで、ようやく男達を振りほどいたが、その隙に得意の空手技を出し、二人ほどなぎ倒した時である。
残っていた連中が、拳銃を取リ出してきて鉄じいに銃口を向けた。
さすがに鉄じいも、これには沈黙せざるを得ない。
神妙にしていると、男達がパスポート、パスポートと騒いでいる。
それくらいは鉄じいも分かるのだが、万が一の為重要な物は全てダンの所に預けてあるのでここにはない。

それを伝えようとしたのだが、言葉が通じないのでなかなか伝わらないのだ。
二階に居て騒ぎを聞きつけたトンテンシャンの3人組は、下に降りてきてことの成り行きを聞いた。
男達は、3人にもいろいろ聞いているが、彼らも鉄じいのことは詳しく知らないので答えようが無い。
鉄じいに取って、状況は益々悪くなるばかりである。
しびれを切らした鉄じいは、3人にダンの所に行って来いと命じたが、全員合点承知とばかり、外へ飛び出して行った。

3人は、ダンの家に向かったが、平日の昼間と言うことで、ダンは出勤していて留守であった。
仕方が無く、彼らは食堂のレイの所へ行くことにした。
結果からすると、これは後から考えて大正解であった。
詳しく話を聞いたレイは、慌てて空港警察のボーイの家に向かった。
ボーイと言えば、鉄じいの初来比の時に、空港で鉄じいを助けてくれたあの男である。

相手がイミグレーションとくれば、彼らと空港内で付き合いの深い、ボーイがうってつけであろう。
夜勤の勤務の多いボーイは、幸いにも家に居てくれたので助かった。
レイから話を聞いたボーイは、取るものも取り敢えず鉄じいのアパートに向かってくれた。
ボーイが到着したときは、男達が鉄じいの家を家捜ししている最中で、鉄じいは、それを憮然として眺めている所だった。
ボーイは、鉄じいの肩を叩き、もう大丈夫だという風に合図をすると、その男達のボスと見られる男に声を掛けた。

男達は、一斉にこの新たな不審者に対し身構えた。
最初は、胡散臭そうにボーイのことを見ていたボスらしい男も、ボーイが自分の空港ポリスのIDを見せて話を始めたので、言葉と態度を改めて話を聞きに入った。
すると、驚くべきことが、明らかになったのである。
ボーイは男達と話をするのをやめて、鉄じいに近付いて来てこう云った。

『テチュさん、パスポート?』
『ああ..おおパスポート、ああ、ダ、ダン』
『ユア、パスポート、ダン??』
『おお、イエス!、マイ パスポート イズ ダン!』
奇妙な会話なように聞こえるがが、ボーイは勿論ダンのことを知っているので、これで全てが理解できた。

実は、これで先程から皆困っていたのだ。
イミグレーションの人間も、鉄じいにパスポートの提示を求めていたのだが、『マイ パスポート イズ ダン』という英語がどうしても理解出来ずに、話が空転ばかりしていたのである。
ボーイも、鉄じいの本当の名前を知らない。
米屋のボンも電気屋のサルも食堂のレイでさえも、誰一人として知らないだろう。

知っているのは、『テチュ』というあだ名だけである。
鉄じいのパスポートを預かっているダンでさえ、彼の本当の名前を記憶しているかどうかも怪しいくらいだ。
ボーイは鉄じいに、◯◯のり平という本名を聞き出して男達に告げた。
男達はそれを聞いて、不審そうな顔をして、ボーイと再び話を始めた。
何しろ、最初に鉄じいに名前を尋ねた時、彼は、『わしは、テツだ!』だと英語で答えてしまっている。

納得しかねるのも、不思議ではない。
ボーイは、携帯電話をおもむろに取り出すと、ダンに電話をすることにした。
事情を聞いたダンは、一旦家に帰り鉄じいのパスポートを手にすると、急いで駆けつけてきてくれた。
そのパスポートを確認した男達は、納得してボーイとダンに握手をすると、笑って出て行った。
鉄じいは、後でダンから説明を聞くまでは、ポカンとしていたに違いない。

その夜のことである。
私が会社から帰った時に、鉄じいとダンからこの話を聞いて非常に吃驚したのだが、結局人違いだったということが分かってほっとした。
随分と後で分かったことも多かったのであるが、ことの発端とはこうである。
日本のある県で詐欺を働いた男が、このフィリピンに逃げてきていた。

名前を、◯◯哲夫という。
この男の妻がフィリピーナで、事件後フィリピンに逃亡後、妻の名前で永住ビサを取り、合法的にこの国に滞在していたのだが、ある時垂れ込みがあり、所在が明らかになってしまった。
国際手配をされているとは云え、犯罪者引渡し協定の取り決めのないフィリピンと日本では、日本の犯罪容疑では引っ張ることが出来ないのが現状だ。

このため、日本側で彼のパスポートを失効させる手続きを取り、必然的にフィリピンでの滞在資格を剥奪してしまい、フィリピンの入国管理局の権限で、違法滞在容疑として逮捕することになったのである。
逮捕後は、当然強制送還され、その後日本国領土内で、詐欺容疑で機上逮捕ということになるのであろうが、今回はその犯人の男と鉄じいが間違われたという、お粗末なお話だったのだ。
丁度その時、たまたまこのバクラーランにその犯人が潜んでいたのが原因である。

タレ込みがあったその地区と、鉄じいのアパートとは目と鼻の先であったということが、今回の騒動の発端であった。
そんな近くに、詐欺を働いた日本人が潜んでいるなどとは、我々も夢にも思わなかった。
ましてや、その男の名前が哲夫であったので、鉄じいと間違われたと知って後から驚いたという訳である。
聞き込みに歩いてたイミグレーションの人間も、『テツ』と名がつく日本人を探していたから偶然とは恐ろしい。
たまたま鉄じいの名前が人の口にのぼり、訪ねて行ったところ、鉄じいは、『わしが、テツだ』と答えてしまった。

結局、誤解が解けて良かったが、拘束でもされて入管に連れて行かれていたら、面倒なことにはなっていたろう。
家にいる時点で解決ができて、本当に良かった。
『鉄じいがゆくところ、必ず嵐が吹き荒れる!』
誠にその名に恥じない、この男ではある。
トラブルメーカーという異名は、この男にこそ相応しい。

さて、一連の騒動も収まり、鉄じいは、お化けKTV開店に向け準備に余念はない。
しかし、肝心の内装について、もう少し彼には不満があった。
恐さを、もっとうまく演出したいのだが、なかなか思うようには運ばない。
これという、アイデアが足りないのだ。
さすがに鉄じいも、これには頭を抱えてしまっている。

鉄じいは、そのことを私の怠慢だと詰るのだが、仕事をしながら考えてみても何も思い浮かばないし、はっきり云って、そこまでの余裕が、今の私には無いのが現状である。
『そこを何とかするのが、お前の役目やんけー!』
毎日のように、鉄じいは私をせかしてはやまない。
全く、自分勝手を絵に描いたようなじいさんだ。

そうした、ある日曜日のこと。
私のアパートで、ケーブルテレビのWOWOWチャンネル(この頃は、まだあった)で、『リング』という日本のホラー映画を、鉄じいと一緒に見ていた。
ビデオを見てしまった者は、一週間以内に呪いで死んでしまうというストーリーだが、その呪いを掛けたという少女貞子が、井戸から出てくる場面には、恐いのが苦手な私には、正直、鳥肌が立ってしまった。

鉄じいも熱心に見ていたが、貞子が井戸から出てくるシーンの後、ハタと自分の膝を扣きながらこう叫んだ。。
『これや、これやがな!』
『何や鉄じい、大きい声出してからに、こっちが吃驚するやないか!?』
『ど阿呆、ええ大人が恐がりよって、これ位のことで、吃驚してどないすんねん!?』
『・・・・・・・』

『こりゃ、ええアイデアやで、店の中に井戸作ったろ、ほいでなあ、客が来るたびに井戸から人が出てきて、どひゃ〜と脅かすんや、どや、面白そうやろ!』
『はあ・・・?』
『思い立ったら吉日や、早速今から大工達と相談せなならん、よっしゃあ、お前もついてこんかい!』
そういうと鉄じいは、いきなり立ち上がって、今にも飛び出して行きそうになった。

『て、鉄じい、今日は日曜日や、忘れたんかいな!?、今から店行ったかて誰も居らへん、明日しまひょ明日に・・・』
私はそう宥めたが、鉄じいも強引さでは一筋縄では行かない。
『おお、そうやったそうやった、今日は日曜日やったなあ、ほな仕方がない、明日の朝でええわ、朝の8時に全員店に集合や、わかったな、お前も一緒やでえ・・・』
『ま、ま、待ってえな鉄じい、あんさんはええけど、私は明日は仕事やがな、明晩でもええやん………』

私がそう言うと、鉄じいから凄い剣幕で応えが返ってきた。
『何を、悠長なこと云うてまんねん、そんな暇仕事なんかしとれるかい、わしの仕事の方が大事じゃ、お前のちんけな仕事なんぞ休んでまえ休んで!』
道理も糞も、あったものではない。
全て、自分の思い通りにならないと、気に入らない男だ。

こうなったら、後へは絶対に引かない鉄じいだ。
(これは諦めるしか無いな・・・)
そう思った私は、交通事故にでも遭った気にでもなって、仕方なく次の日は休むことにしてしまった。
焼け糞で、その日は鉄じいと一緒に、お化けカラオケの構想を練りながら痛飲してしまったが、まあ、たまにはこういうことを考えるのも、童心に返ったようで結構楽しめるものだ。


続く・・・


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鉄じいがゆく 第30話 (カラオケ編 その3) [改訂保存版]

鉄じいとダンが連れてきたのは、何と三人の侏儒(こびと)たちである。
顔こそは大人だが、背が恐ろしく低いし、どうやら身体に障害のある人達のようだ。
最近でこそ珍しくもなくなって、人気者としてテレビのバラエティ番組にどんどん出演しているが、その当時では、まだTV業界では希少な存在で、人目に触れることは少なかった時代である。
日本では、道徳上テレビの前に晒すのはどうかと思われるが、この国は割と平気である。

ここの国の人は、道徳教育を受けているのかいないのかどうかはわからないが、身体に障害のある人を、人前で平気に馬鹿にするようなことが多い。
見ていると、そうやって馬鹿にされている方も、一緒になって笑っているのには、少し違和感を感じてしまう程だ。
お国柄で人柄も替わるのであろうが、この辺は私には理解出来なかった。
いじめでもカラッとしていて、後にはあまり残さないのかも知れない。

とまれ、驚いた私は、鉄じいに尋ねてみることにした。
『て、鉄じい、こ、この三人は、どこから連れてきたの?』
『ああ、この連中かい、この三人はなあ、店のウエイターにしよう思うてまんねん!』
『ウ、ウ、ウ、ウエイター??』
『何や、聞こえんかったんかいな、ウエイターやがな、ウエイター!』

『な、何で又、この人達やねん』
私が不審そうに質問すると、鉄じいが、面倒くさそうにこう答えた。
『何や言うてなあ、お化けのカラオケ屋をやるのやないかい、そんなら、この人たちにウエイターやってもろたら最高やないけ、こりゃあ絶対に受けるでえ!!』
『.....』

(これではまるで、見せ物小屋ではないか?)
鉄じいは、私の思っていることなど、お構いなしで話を続ける。
『ほいでなあ、ダンに頼んでお化け屋敷に似合いそうな人を探してくれ云うたら、この人たちを見つけてきて呉れたんや、どないや、お化けカラオケにはぴったしやろ!』
鉄じいは、得意げにそう云ったが、ダンがそれを引き継ぐように私にこう説明をした。

鉄じいに頼まれて、お化け屋敷で働くに相応しい人達を探してきたダンであったが、この話を最初に鉄じいから聞いた時、ピンと思い当たる人達があった。
それがこの三人なのだが、仕事柄バランガイの隅々まで知っているダンは、こんな身体ゆえに仕事もなく、人の情けだけを頼りにして生活しているこの人たちを、かねてから、何とかしようと考えていたらしい。
ダンがいうには、三人とも至って性質も良く、しかも真面目な男達なので、進んで鉄じいに推薦したのだそうだ。

三人は、人の情けで飯を喰っていたので、その埋め合わせの積りで、バランガイの清掃を、無料で請け負っていた。
しかし、出来ることならば定職を持たせ、独り立ちさせたいというダンの思惑なのである。
その話を聞いた鉄じいは、一も二もなく大賛成で、早速話をしにいこうと、ダンを連れ立って彼らに会いに出掛けた。
会って、早速採用を即決したらしい。
聞けばなるほど筋は通っているし、確かにこういう人たちは、衣装次第で化ける可能性もある。

人助けとは云え、見世物にするようで心苦しいが、彼らも望んでいることなので、私も積極的に後押しすることにした。
人情に厚い、鉄じいとダンのことだ。
うまく使って呉れるだろう。
さて、調度品のことである。
鉄じいは、椅子テーブルは中古でいいと云ったが、いかにお化けカラオケと云えども、汚いのと恐いのは違いがある。

そのことを私が指摘すると、それはお前に任せるわい、と云ってくれたので助かった。
怖さを演出するのに、汚さまでは必要があるまい。
不気味さなどは、ディスプレイ一つでいくらでも表現出来るであろう。
結局、新聞広告などを見て、マンダルーヨンにあるファニチャー店で、金属と木材で出来た品物を調達したのだが、値段の割に、結構質のいい物を買うことが出来たので良かった。

これについては、ダンに逸話がある。
ダンにも一緒に買わないかと誘ったのだが、彼は値段を聞いただけで、『マハル(高い)』、と一蹴して同調しなかった。
自分の価値観で、安いものには直ぐに飛びつくが、高いと感じたものには、すぐにそっぽを向いてしまう。
ダンが選んだのは、最近知り合ったブボイという家具作りの大工で、奴が普段からどんな材料でも最高のものを作ってみせると豪語してたので、テーブルと椅子は奴に任せることにしたのである。

そしてダンは、どこから拾ってきたのか知らないが、廃材を見つけてきて、ブボイにこれで作ってくれと云って渡した。
ブボイはそれをみて、簡単に引き受けた。
ダンがブボイ値段交渉をすると、鉄じいの買った値段の三分の一以下でやってくれることになった。
それを聞いたダンは、出来上がる前からもう大喜びである。
木目調の、素晴らしいものが出来るに違いないと、ダンは楽しみにしていた。


足りない材料代と手間賃を、先に3万ペソ程渡してずーと待っていたのだが、納期の約束の日になっても、ブボイは一向に持って来る気配はなかった。
おかしいなと思い、ダンが奴の家に行ってみると、注文してもう10日も経つと言うのに、テーブルが、まだ一つしか出来ていなかった。
ダンは驚愕し、ブボイを問い詰めたが、奴は廃材を指差して懸命に弁解している。

ダンはその廃材に近づいて、よーくその廃材を見てみることにした。
すると、何とシロアリにでも喰われていたのか、殆んどがスカスカで、とても耐久性など望めそうな代物ではなかった。
よく確かめずに廃材を買ったであろうが、それをそのままブボイに渡してしまったのだ。
しかし、その材料受け取ったブボイもブボイである。
彼も、材料の見極めくらいをしてから、仕事を引き受けるべきだったと思う。

ダンは茫然としてしまったが、気を取り直すようにして、出来上がったたった一つのテーブルを見て更に驚いた。
廃材の中から、使えるものだけ利用して作った物とはいえ、これ以上下手くそには作れまいという出来栄えで、とてもこれで飯を喰っている奴の仕事とは思えないような飛んでもない代物であった。
ダンは、渡した前金の3万ペソを返せと詰め寄ったが、ブボイは、釘や最低限必要な物を買っただけで、宵越しの銭を持たない江戸っ子の大工のように、綺麗さっぱりに使ってしまっていたのである。

安物買いの、銭失い・・・
ダンはまたしても、安さに飛びついて失敗してしまった。
しかし、ダンの怒りは頂点に達した。
その後ブボイが、3万ペソ分ぼこぼこにされたのと、強制労働に駆り出されたのは云うまでもない。
が、ダンも本当に懲りない男である。

私は止めたのだが、結局ダンは、ブボイが買っ、金具や釘などの材料が勿体無いということで、 もう一度違う大工を探してきて、テーブルと椅子を作ることにした。
出来上がりはというと、私が見る限り、ブボイの作った物と似たり寄ったりである。
スカスカの材料は使えない物が多く、足りない分は新品の木材を買ったりしたのだが、新旧混ざってしまった分だけ、余計に奇妙な物が出来上がってしまっていた。

ダンは、つくづく損をしてしまう性格に出来ているようだ。
最初から鉄じいが買った店で素直に買えば良かったのに、それをせず、今回も懲りずに使えない物を買ってしまった。材料が勿体無いからと云って新たに作らせるなど、どうみても、自ら不幸を吸い寄せているとしか思いようが無い。
テーブルも椅子もバランスが悪くガタガタで、見栄えも酷いとしか云えない代物である。
取り敢えず、ガタガタを直すよう指示したら、当然のことながら、全体的にサイズが短くなってしまった。

どう見ても子供にしか使えないような代物になってしまったので、ダンは嘆いた挙句、最終的にはとうとうあきらめて、全部小学校に寄付をする羽目なったのには、気の毒ながら笑ってしまった。
ダンは、泣く泣く新品を注文することにしたが、入った店で、損をした分だけ取り戻そうと、恐ろしく値切りをかけ始めた。
困った店の人間が、疵物ならあるよというと、今度はそれに飛びついて買ってしまった。
見た目は大分悪いが、テーブルはカバーをすればいいし、椅子も座ってしまえば目立たない。

ダンは、これである程度は溜飲を下げて、まずまず満足をしたみたいである。
以上が、ダンのこぼれ話であった。
鉄じいはといえば、この所準備に忙しい。
3人の侏儒たちと打ち合わせをしたり、内装を請け負っている大工達に、あれこれ指図したりしている。
ちなみにこの三人の侏儒の名前とは、トニー、テッド、シャーウィンという。

鉄じいは、この三人に、面白いあだなを付けた。
トニーがトン、テッドがテン、シャーウィンがシャンと、三人合わせてトンテンシャンである。
まるで、三味線の音を合わせるような名前だ。
話が飛ぶようだが、鉄じいが日本にいるときは、尺八と三味線が趣味であった。
特に三味線は、三味線と言う言葉が出てくる演歌でさえ好きでよく歌っていた。

細川たかしの「望郷じょんから節」や、歌手の名前は忘れたが「お姉さんの爪弾く、三味線で〜」の出だしで始まる歌が特に好きで、これが日本のカラオケでは18番(おはこ)であったのだ。
この三人をトンテンシャンと呼んでは、上機嫌な毎日の鉄じいではあったが、ある日大変なことが持ち上がった。
さて、その大変なこととは一体何なのか・・・
明日を待つことにしよう・・・


続く・・・


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鉄じいがゆく 第29話 (カラオケ編 その2) [改訂保存版]

ともかくも、お化け屋敷KTVだけは避けなければならない。
私の考えとしては、どうやっても成功するとは思えなかったからである。
問題は、あの頑固な鉄じいをどう説得するかだ。
たった一日ならともかく、誰がどう好き好んで、お化けの格好をしたGROに毎日興味を示す客があろうか!?
意表をつきたいのかどうかは知らないが、あまりにも考えが突拍子もなさすぎるのだ。

観光ポストとはいうが、マラテにある有名レストランのような、民族舞踊を踊って見せる店を真似たとしても、毎日、常連で来てみようとする客などいるはずもない。
あくまでも、お色気がカラオケ店の勝負の筈だ。
場所にしても、下町のバクラーランという土地柄で、そういう名所作りなど不可能に違いない。
私は、鉄じいにそう説明したのだが、軽く一蹴されてしまった。

ダンも仕事だと云ってとっくに帰ってしまったし、私も仕事に行く時間になったので、今晩みんなと飲みながらでも相談しようよと云って、そこで鉄じいと別れることにした。
こうなったら、今晩みんなで反対して貰うしかない。
誰もが、反対してくれるに相違なかろう。
鉄じいが自分のアパートに帰っていくのを見送った後、私は職場へと急ぐことにした。

しかし、その日に限って来客があり、会議などで残業になってしまった。
時計をみると、すでに午後8時を廻っている。
鉄じいたちは、もう飲み始めているかも知れない。
そう思うと、気が気ではなくなり帰路を急いだが、米屋のボンの所に着いたのは夜の9時半過ぎだった。
いつものメンバーが、喚声を上げて出迎えて呉れたのはいいが、遅れたのでブランデーの駆け付け三杯である。

みんなは、既に出来上がっているようだ。
お調子者の食堂のレイが、私に三杯目のブランデーをコップに注ぎながら云った。
『パレ!、テチュさんが、カラオケをやるんだって?』
『あ、ああ、パレ、それがなあ・・・』
言いかけた私に、レイがこう言う。

『うん、聞いてるよ、モンスターハウスをやるんだってね、これは楽しみだねえ、みんなで手伝うからね!』
『げえ・・・・・』
私の顔が、一瞬の内に引き攣った。
鉄じいが私の顔を見てにやっと笑ったのを見て、(しまった!)、と思ったが、時既に遅かったようだ。
鉄じいは、みんなと話をしていて、根回しを終えたようである。

全員、食堂のレイの言った言葉に、ブランデーをあおりながらニコニコと頷いている。
こうなると、頼りのダンを動かすしかない。
私はダンのそばに寄り、こう囁いた。
『パレ、まさかあんたまでOKしたんじゃないだろうな?』
『あ、当たり前よ、パレ、テチュさんのアイデア、ベリーグッド!、アコも大賛成よ!!』

『どひゃあ・・・』
かなり酔っ払った口調で、ダンまでがそう賛成している。
鉄じいがカラオケ屋をやるのをOKしてくれたので、ダンも積極的に鉄じいのアイデアに賛成してしまったのであろう。
全く人の気も知らずに勝手に賛成するなんて、さすがにちゃっかり屋のダンである。
(こうなったら焼け糞だ、もうなるようにしかならない)、と私は、そう思いながら杯を重ねていった。

その日はそれで解散したが、次の日からもう、鉄じいはやる気満々である。
しかし、ダンまでが賛成に回るとは思ってみなかったので、私は完全に敗北したと言えよう。
こうなったら、とことんまでやるしかない。
まあやるとはして、一体どうやって店を開けばいいのであろうか!?
営業許可などは、ダンが取るといっているので心配はあるまい。

一応、ビルの上下共ダンの名前で営業許可をとり、実質の下の経営は、鉄じいがするという形式になった。
ここまでは、一応問題はない。
後は内装とか調度品とかだろうが、ゴーストハウスかモンスターハウスにするにしろ、鉄じいには目算があるのかと一応聞いてみた所、何と驚くような答えが返ってきた。
『何云うてんねん!?、それがお前の仕事やないけ!』

『げげげのげえ・・・』
嫌な予感が、またもや的中した。
呆れて物も云えない私に向かって、追い討ちをかけるように鉄じいはこう言った。
『その代わりにお前には店長代理をさせたる、どうせ夜は暇やろう?、仕事から帰ってきたらここに居ったらええがな、ほなそういうことで任せたでえ!』

『・・・・・・・・・・・・・・・』
やはり、鉄じい恐るべし!
どんどん勝手に話を進めていくのはいいが、私の処遇まで決めてしまうとは・・・
うかうかしていると本気で受けさせられてしまうので、それだけは丁重にお断りしたのだが、鉄じいは一度決めたことを、そう簡単に諦めるような男ではない。

『まあ、その話は今度でええわ・・・』
と云って、一応はお茶を濁すような形でその話から解放はしてくれたが、何時又云いだすか知れたものではない。
取り敢えず、アリン.メリーとの契約をはダンが済まして、ダンと鉄じいとの内約も交わして、一応支払いは完了させた。
こうなると、今度は鉄じいの住居の番だ。
所帯道具一式、揃えてしまっている鉄じいなので、身一つで動くわけにもいかない。

丁度、今度借りるビルの後ろのアパートに空きがあったので、そこに引越しすることにした。
家賃は7000ペソと、汚い割には高いのだが、店に近い分便利なので仕方ないであろう。
まあ部屋は三つあるし、そのうち2部屋は結構広いので、住み込みで従業員を住まわすには丁度いいかもしれない。
鉄じいには、同居する住人があったほうが安心ができる。
ビルの外壁だが、結局ダンの店との兼ね合いもあり、大家との交渉で、ペンキの塗り替えはやって貰うことになった。

いくら鉄じいがお化けカラオケをやりたいと言っても、ダンの経営する二階部分だけペンキを塗るというのでは格好が悪いし、全体のバランスを考えた上で、鉄じいの方が折れて出たのだ。
さて、問題は内装である。
こうなったら、私が手配をするしかない。
それにしても、マニラの観光名所になるようなお化けカラオケなど、果たして本当に出来るのであろうか!?

同趣味の人の集まる、おたくレストランとか喫茶店は日本には多い。
店内で犬や猫を眺められる犬猫の好きな人用喫茶店とか、蒸気機関車グッズが沢山飾ってあるレストランなど、同じ趣味を持つ人たちが思い思いに集まってくるのだ。
但し、ここはフィリピンである。
そういった、趣味を理解出来る人たちがいるとは、中々思えそうにない。

確かにこの国の人は、お化けの話になると、どなたさまも一様に耳を傾けるのは確かだ。
テレビのホラー番組など、恐い恐いとキャーキャーいいながらも、最後までしっかりと見ている。
そういうことも考慮しながら内装を、考えていかなければならないのだろうが、まったく何も思いつかない。
日本のお化け屋敷なようなものを頭で思い描いてはみたが、どうもこの国にはマッチしそうにない。
何か、いいアイデアはないものだろうか?

私はここの国の、テレビや映画でヒントを探ることにした。
幸いバクラーランは、海賊版のVCDのメッカである。
この頃はまだDVDが主流ではなく、VCDの方が遥かに数が多かった。
私は、次の休みの日曜日に、早々VCDを漁りに近くの店に探しに行くことにした。
こういう商売は、主に露天で営業している。

お上の手入れを恐れての戦法で、いつでもすぐに逃げられるように、持ち運びし易いような扮装の露天商が多い。
この頃は、今のようにそんなに厳しく取り締まりが行われておらず、形ばかりの手入れが多かった。
最近では厳しくはなったとは云え、それでも出没は後を絶たない。
その中の一軒の店に行ったみたが、そこにはご多分に漏れず、沢山のアスワン(吸血鬼)関係や、モルト(幽霊)のVCDが売られていた。

一本80ペソ位で、今のDVDより少し高めではあったが、鉄じいから軍資金を渡されていたこともあり、10本程度の映画を買って来て観て見ることにした。
家に帰ると、鉄じいが出掛けていて居なかったので、早速私一人で見てみたのだが、どれもこれも物語が単調で、これのどこが恐いのかという位のお粗末さだ。
仕方が無いので、5本目以降は早送りで見たくらいである。

飛ばしながらも10本全部見たのだが、結局何もアイデアなど何も浮かんではこなかった。
怖さを強調しようにも、映画のセットもお粗末なものだったからである。
これでは、真似もできない。
そうこうする内に夕方になってしまったが、ダンと鉄じいが、私のアパートにある3人の男を連れて帰って来た。
その男達を見て、私は仰天してしまった。


続く・・・

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鉄じいがゆく 第28話 (カラオケ編 その1) [改訂保存版]

季節はいつの間にか、師走を迎えようとしていた。
師走と言っても、冬のないこの国では、何ら我々には感慨深いものは無いが、この国の人達には、年に一度の大イベントであるクリスマスが待っている。
季節的には、乾季に入っているので雨は降らないし、朝晩は少し冷えるくらいなので、実に過ごし易い陽気なのが良い。
鉄じいは、アパートも移らなければならないし、仕事も探さなくてはいけない。

ただこの男の癖で、切羽詰まらないと、どうにもこうにも動こうとはしないのには困る。
あと1週間もすれば、家賃のDeposit(保証預かり金)も、期限が切れてしまうので、その間に引っ越してしまわないと、また新たに1ヶ月の自動更新なってしまう。
一生懸命せかしてみるのだが、『まだ、ええがな』などといって、腰が中々上がろうとしないのだ。
本当に、世話を焼かせる糞じじいではある。

そんなある日、鉄じいと私が私のアパートで飲んでいると、ダンがやってきた。
いつもは米屋のボンの所でみんなと一緒に飲むのだが、ボンの体調が悪く、今日は飲みたくないというので、めいめい勝手に、自分の家で飲むことに決めたのである。
『やあ、やあ、良く来た、さあ、一緒に飲もう!』
大歓迎ということになり、しばらく飲んでいたのだが、ダンがその内に、こう話を切り出してきた。

『テチュさん、イカウ、カラオケの店やらないか?、アコもいっしょに、でも、店はべちゅべちゅだけど!』
『べちゅ、べちゅ?........』
ダンの言うことは、あまり良く理解出来ない。
『もっと、詳しく説明してくれよ!』、と私が云うと、ダンは身を乗り出すようにして顔を近づけて来た。
さて、ダンが熱心に語り始めた話の内容とは・・・

実は、先月まで近くのカラオケ街で営業していたある店が、事情があって閉店してしまった。
一階と二階に分かれているビルで、上下ともほぼ同じ広さなのだが、下のほうは道路に面していて、小さなサリサリでも開けるくらいの小スペースがある。
このビルは、バクラーランで、2番目の金持ちのであるアリン.メリー(メリー婦人)の持ち物なのだが、今までは家賃の取り立て等の管理人として、何とダンが請け負っていた。

ポリスの癖にこういう仕事もしているのは何とも不思議な話だが、そこはなんでもありのこの国らしい。
閉店したというカラオケ店は、以前から何かとトラブルが多く、何度か刃物沙汰も起こり、その度ごとにダンも呼び出しを喰らっていたらしい。
それで、業を煮やしたアリン.メリーから、いっそのことダンに、KTVをやってみないかと相談があったという訳である。
ダンにとってみても悪い条件ではなく、家賃も相場の4割くらい安く貸してくれるそうである。

ダンの悪い癖なのだが、彼は他のポリスのように、賄賂を要求したり脅し取ったりすることは大嫌いなのだが、反対に、MURA<ムーラ>(安い)、という言葉には、人一倍弱いのだ。
何でもかんでも安いものにはすぐに飛びつくので、こればかりは手におえない。
訪問販売などがちょくちょくバクラーランにはやって来るのだが、『MURA』、と聞いただけで、ほいほいと飛びついて買ってしまう。

仮に私が止めようとしても聞き入れず、買った後で常に後悔をするという悪いパターンである。
日本製品に似せた名前の電気製品としては、AIWAならぬALWA、SONYならぬSONNY、あげればきりがないくらいの粗悪商品を掴まされるにも拘わらず、次に来た別の業者から又騙されて買ってしまうのだから、始末に負えない。
しかし、彼は本物のポリスである。
掴ます方も掴ます方だが、掴まされる方のダンもダンだ。

ただ売る方のテクニックも巧妙で、メーカ-名より、性能と値段のみを強調して説明するので、買う方のダンも、それについつい釣られてしまうのだ。
ただ、今回のKTVの話は実際安いには違いないので、鉄じいにこの話を持ってきたという訳である。
さて、今回ダンの持ってきたKTV計画案とは何であろう?
ダンは、我々に顔を近付けてくると、熱心に自分のプランを語り始めた。

話を要約すると、こうである。
家賃は上下を併せて2万5千ペソだが、上は1万ペソで、下には小さなコマーシャルスペースがあるので少し割増にして1万5千ペソにしたい。
そして、出来れば自分は上でやりたいと・・・
自分は安い方の上を選びたいなどと、いかにもちゃっかり屋のダンの考えそうなことだ。

しかし、ダンにも言い分があった。
例え下が5千ペソ高くても、鉄じいがたこ焼き屋でもやれば、儲かるので良いではないかと言う。
自分のリスクを最小限にしたいという、ダンの思惑がみえみえの提案ではある。
確かに、下でたこ焼き屋でもやれば、ビールのつまみには成るだろうし、副収入には持って来いだろう。
そう考えると、確かに悪くはない。

鉄じいは、私との相談の上、考えてみるとダンに言った。
何にしろ、1万5千ペソは格安だ。
但し、まだ物件を見ていないので、返事は明日の朝現場を見てからにしようということになり、その日は前祝いということにして、またみんなで痛飲してしまった。
私の仲間は、兎に角飲むことから始めないと、何も始まらないのだ。

さて、次の日のこと。
朝早く起きた我々は、ダンを伴って、一路KTVのある場所まで歩いて向かった。
ダンが先頭になりその場所まで向かったが、そのビルの前まで来ると、彼が見上げるようにしてこう云った。

『さあ、パレ、そしてテチュさん、これが私たちのビールハウスでーす!』
まだ決めても居ないのに、ダンがはしゃいでそう云う。
外観だけ見ると、今にも崩れそうにとまではいかないが、結構おんぼろのビルではある。
内心、(こんな所か)と思ったのだが、中は案外いいのかもしれないと思い、入ってみることにした。
ダンが先に中へはいって、明かりに灯を入れた

テーブルや椅子もない、がらーんとした殺風景な光景が目に飛び込んできた。
『まるで、お化け屋敷やな!』
鉄じいが、ダンにも聞こえるような大きな声でそう言った。
確かに広いことは広い。
これならば、改装費は大分掛かりそうだ。

床や壁は、張替えや塗り替えも必要なようだし、照明なども新たに用意しなくてはいけないだろう。
上へ上る階段もあるので、上へも上がってみた。
ダンが云うように、下と全く同じ造りである。
階段の昇り口と降り口のところは少々違いはするが、ダンの提案では、一階の階段部分は取り払ってしまい、天井の部分も塞いでしまおうと云っている。

2階へ上がるには外階段があるので、ダンの方はそちらの方を利用するという。
階段取り外しや、天井を塞ぐ費用も、全て彼が持つと言い出した。
ダンにとってみても、これはビジネスチャンスなのであろう。
慎重に検討はしているのであろうが、大分乗り気なようで、結構口調も軽く、まるでもう決まったみたいなような感じで我々にそう云った。

『外見は悪いが、内装は手入れ次第でどうにでもなるやろ、まあええがな、これで決めたろ!』
鉄じいが、えらく張り切ったようにそう宣言した。
どうせ営業するのは夜だけだし、見た目の悪いのは、派手な看板でも掲げればいいのだと考えたのだ。
ダンが2階部分の営業、鉄じいが一階を営業というのも、問題なく受け入れることにした。
外装の方だが、ダンが外壁のペンキ塗りの方を、ビルの持ち主であるアリン.メリーに交渉してみると言う。

しかしこれには、意外にも鉄じいが突然反対をし始めた。
何と、このままでいいと云う。
私は、驚いて尋ねた。
『鉄じい、何で断らんとあかんねん、折角塗り替えの交渉してくれるちゅうてダンが言いよるねん、ダメもとで、交渉しても貰うだけして貰うたら、ええんとちゃうのん?』

鉄じいは、首を横に振りながらこう答えた。
『ええんや、ええんや、絶対にこのままの方がええ!』
『だから、何でやねん鉄じい?』
『ええかあ、ありきたりのビールハウス何ぞ作っても、全然面白いことあらへん!、いっそのこと内装もこのままにして、お化け屋敷スタイルのビールハウスにするんや!』

『はあっ、お、お化け屋敷い・・・???』
私は、呆気に取られてそう言った。
『そうやがな、わしはなあ客に受けると思うでえ、女の子もウエイトレスも皆お化けの仮装させるんや、こりゃあ、ほんまに楽しゅうなるでえ~!』
この男は気でも狂ったか、私はそう思った。

何がお化け屋敷だろう、そんなボロボロで陰気な店なら、この国にはごまんとあるはずだ。
鉄じいは、そんな店に行ったことがないのだろうか。
それとも、11月のハロウィンの時の仮装パーティが、1年中流行るとでも考えているのであろうか?
この男の思考回路は、相変わらず理解に苦しむときが多い。
『鉄じい、もっと詳しく聞かせてえな。』

私がそういうと、鉄じいは得意満面な顔をしてこう語り始めた。
『あのなあ、わしはなあ、最近フィリピン人の好きなものを2つ発見したんや、それは何やと思う?、それはなあ、チスミス(噂)とアスワン(吸血鬼)や!』
『はあ?・・・』
私は、耳を疑った。

『チスミスとアスワンは、フィリピン人にはみな受ける!、そこでやなあ、お化け屋敷スタイルのビールハウスを作るんや、日本でも、遊園地に行ったら必ずお化け屋敷に行きよるがな、あれやがなあれ、マニラ中で人気になって、ぎょうさん人が押し寄せるかも知れんでえ、もしかしたら新しい観光名所にでもなるがな!』
いつものことだが、私は気が遠くなり、耳鳴りが鳴り始まった。
(もう、付き合いきれんわ・・・)、私の頭の中で、その言葉が輪になって踊り始めていた。


続く・・・


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鉄じいがゆく 第27話 (マリベール その10) [改訂保存版]

テープでグルグル巻きされたその箱は、持ってみると意外な重みがあった。
中身は何だろうと思い少し振ってみたが、箱の中で、何かごつごつと固い音がする。
どうも、危険な臭いがする。
私の直感だが、これには先ず間違いないような気がする。
取りあえず、サリサリ親父に連絡をするのが先決だ。

すでに、夜の11時半過ぎである。
電話を掛けたのだが、あいにくと誰も出なかった。
こんな時間だから、もうみんな寝てしまったのかも知れない。
仕方が無いので、明日の朝電話をしようと思いながら、鉄じいに云って、中身を見ずにその箱を、そのまま鉄じいの部屋の中にある米びつの中に隠して置いて、私は自分のアパートに帰ることにした。

それが懸命な処置だったことに気が付いたのは、次の日の早朝のことである。
何と、鉄じいが明け方になって、私のアパートに飛び込んできたのだ。
『おい、おっさん、おっさん、起きれ、起きてくれ!!』
激しくドアを叩く音で目覚めた私は、その声で鉄じいと分かり、何かあったなと直覚すると、急いでドアを開けて、鉄じいを中に招き入れた。

『おっさんよ、さっきわしん所になあ、ポリスが二人来よったでえ!』
『な、なに、それで?』
『何かよう分からんがなあ、人を探しとるのと拳銃を持っとらんかちゅうてのう、家捜しをされたんや!』
『・・・・・』
『多分マリベールから預かったあの箱なあ、あれ拳銃とちゃうけ!?』

鉄じいは、言葉があまり通じなかったのが幸いしたらしい。
ポリスに一通り家捜しされた後、又戻ってくるからなと云われて、彼らは出て行ったらしい。
その隙にここへ来たのだが、米びつの中身を取り出したのかと聞くと、誰かが外で見張っているかもしれないから、そのままにして置いて来たと鉄じいは云った。
鉄じいにしては、賢明な措置であろう。

こうなったら、ダンの出番しかない。
鉄じいを伴って急いでダンの家に行き、寝ていた彼を無理やりに起こして、事情を聞いて貰った。
さすがのダンも、驚いてすぐに着替えてくれ、一緒に鉄じいのアパートに向かって行って呉れることになった。
家の周りには幸い誰も居ないようだ。
一安心して家の中に入り、急いで米びつの中の箱を取り出した。

ダンが中身を開けてみると、やはり中から拳銃が出てきた。
箱は捨て、拳銃はダンが自分の腰にさした。
コルトの、45口径である。
他の人でなく、ポリスのダンが携帯しているのだから、どこからも苦情も出るはずも無いに違いない。
丁度その時、さっきのポリス達が戻ってきた。

今度は、上官らし、腹のでっぷりとしたポリスを一人伴ってきて、合計3人である。
でっぷりポリスは、鉄じいの部屋に入ってきて、ダンの顔をみると驚いた。
『や、やあパレ、ダン、一体どうしたんだい、ここで!?』
『ようパレあんたが来たのかい?、実はここのテチュさんと俺とはなあ、もう古い友達なんだ!』
『ああ、なるほどそうだったのかい、でも、今ここで何をしているんだい?』

『いやあ、このテチュさんが、朝っぱらからポリスが来たんで吃驚してな、言葉が分からないもんだから、ちょっと来てくれって云われたのさ、そしてこの人は、そのテチュさんの友達だよ。』
そう云ってダンは、私のことを指差した。
どうやらこの上官は、パレダンの同僚らしい。
まあ、同じパラニャキ管内だから、知り合いなのも当然かも知れない。

これなら別段心配することはあるまいと、私はほっと胸を撫で下ろした。
『一体このテチュさんに、何があったんだい!?』
ダンが、でっぷりポリスに聞いた。
でっぷりポリスは、『実はなあ、パレ!』、と言いながら話しを始めた。
彼の話を、要約するとこうである。

昨日の夕方、バクラーランの隣町にあるハードウエア店に、3人組の強盗が入った。
福建省出身の、中国人が経営している店で、7時の閉店間際を狙った犯行である。
強盗はそれぞれがマスクで顔を隠し、首領らしき男が拳銃を持っていた。
従業員が帰ったばかりのその店には、老店主とその孫の15歳の男の子しかいなかった。
そこに突然現れた奴らだが、ピストルで脅して売上金や、その辺にあった目ぼしいものを奪って逃走した。

逃走前に、老人と子供を奥にあった一室に押し込めて逃げたのだが、彼らが逃げた直後、男の子がドアを蹴破って出て行き、大声で人を呼んだのである。
驚いた強盗の一人が引き返してきて男の子を取り押さえようとしたのだが、たまたまそこを通り掛かった人に、反対に取り押さえられてしまった。
逃げる方に集中すれば良かったのであろうが、早く口を塞ごうと慌てたのかも知れない。

それを遠目で見ていた残りの二人は、そのまま姿を晦ましたが、捕まった奴は、そのまま警察に突き出され、その男の供述により全員の強盗の名前が判明した。
捕まった男の名前はロニー、逃げているのは、例のマリベールの悪友のドミンゴと、もう一人は、そのマリベール本人であったのは言うまでも無い。
一体、何処まで悪事を重ねれば、気が済むのであろうか?

ドミン本人が捕まったのなら簡単に口は割らなかったであろうが、そこは下っ端の悲しさ、まだ16歳のロニーは、全てを警察に白状してしまっていた。
それでは何故、鉄じいのアパートに、ポリス達が踏み込んだのであろうか!?
奴らが強盗の下見に行った時、たまたま鉄じいの家の前を通ったらしいのだが、その時に、マリベールとドミンが冗談半分で、ここが我々のアジトで、ボスがここに住んでいると云ったらしい。

まさか捕まるとは思っても見ないだろうから、冗談で云ったのであろうが、ロ二ーの供述を真に受けたポリスが、実際に鉄じいの家を捜索に来たのだから大変だった。
ポリスも踏み込んで見たものの、そこに住んでいたのは日本人で、しかも言葉が全然通じずチンプンカンプン、一旦、ポリスステーションに帰って上司に相談しようとしたのも当然であったろうし、結果、その方が鉄じいの為にも、良かったといえよう。

ダンは、「鉄じいは、マリベールのことなど知らないよ」、ということで押し通し、でっぷりポリス達には体よく
お引取り願うと、ふ~とため息をつきながら私にこう云った。
『ほ~んと、テチュさん、トラブルメーカーね、ここももう危ないよ、早く引越ししなさいね。』
『うん、うん、ダンの言うとおりだよ。』
私も的確なアドバイスだと、頷いて大賛成した。

拳銃のことだが、恐らく何時までも手に持っているのは危ないと、マリベールとドミンが話し合い、何処かで箱とテープを使いぐるぐる巻きにして、鉄じいに預けることにしたに違いない。
何処か遠くに捨てに行けば良かったであろうに、捨てずにいつか取りに来ることを考えて、鉄じいに預けるなど、やはり強盗といっても、子供っぽいと云えばそうかも知れない。
それとも、再犯することでも考えていたのかどっちかだ。

取りあえず、サリサリ親父には、ことの顛末は知らせておいた。
かなりショックを受けたようだが、彼も本当に気の毒である。
余談だが、彼はこの事件の3月後に、突然死んでしまっている。
病名はハートアタック、心臓発作の一種であろうが、まあこの国ではどんな病気になっても、突然死んだらハートアタックで済ましてしまうので、真因は定かではない。

マリベールの消息だが、サリサリ親父の葬式の時に、彼の家族から聞いた話では、ドミンと二人で、ミンダナオの方に逃げているという話だった。
本当かどうかは分からないが、この国では、少し遠くへ逃げてしまい、数年たったらまた戻ってくればいい、と考えている単細胞の犯罪者が多いので、彼らも恐らくそう考えているだけなのかも知れないが・・・
とにかくこれで、鉄じいとマリベールの話は、呆気無く完結して仕舞ったのであった。


続く・・・


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マリベール編、あとがき・・・

マリベール編は終わったが、今回ほどやけに、鉄じいがしぼんでしまったような感が拭えない。
やる事なすことが、全てと言っていいほど裏目に出てしまうし、前回のカレンの場合とは、大きく違って人に喜ばれることも無く、幸せのきっかけも与えることなく終わってしまった。
『情けは、人のためならず』、という言葉があるが、鉄じいは、決して自分の利益というものは、考えたことも無い、珍しい人物だった。

人の為に良かれと思ったことは、自分も他人も顧みずにやるのでいろいろと事件になってしまうのだが、彼自身は、それを不自然とは全く思っていないのである。
今回のような鉄じいのお節介が、マリベールの家族にとってみたら良かったのかと言えば、答えは多分ノーである。
折角の親切も何の感謝とも思われずに、反対に期待を裏切られるような結果になってしまった。
この辺も、鉄じいの計算していての行動ではないから、仕方はないと云えばそれまでである。

とにかく、天地の歪(ひずみ)から生まれたような自然児の鉄じいだが、癇癪持ちの癖に直情家で涙もろく、好人物であることには間違いない。
ただ、周りとの調和を考えると、何時の間にかずれが生じてしまっていて、それが次第に大きくなっていくにつれ、いつの間にか大事件に繋がっていくという、何とも不可思議な負を、一人で背負い込む男であるような気がする。
自分は本能で生きていると豪語するこの男の、一大特徴で在るかも知れない。

癇癪持ちといえば、このような逸話がある。
1回目の来比の時、鉄じいが車を買った話は既に述べた。
ある日のこと、鉄じいが私に、国際電話をするから電話を貸してくれと云ってきた。
私は快諾して、『はい、どうぞ!』、と言ったのだが、どうもかなり怒っているような顔付きだったので、『どうしたの?』、と聞くと、『日本の◯◯運送に、電話をしたるねん』、という。

不思議に思い、事情を聞いてみて驚いた。
その日、車を運転していた鉄じいの前に、乱暴な運転をするトラックが急に割り込んできた。
頭に来た鉄じいが、思い切りクラクションを鳴らしたのだが、相手はそ知らぬ顔でさっさと割り込んでしまい、その反動で、鉄じいの車はあやうく側壁にぶつかりそうになってしまった。
で、そのトラックに、日本語で◯◯運送と、電話番号が書いてあったそうなのである。

これから先は皆さんのご想像通りなのだが、彼はその書いてあった運送会社の名前を見て、無謀運転のトラックが、てっきり日本の会社の所有だと思い込んでしまったのだ。
この国では、日本語が書いたままの日本製中古トラックなど、珍しくも何ともない。
そして、そこへ抗議の電話をしようとしたのである。
単純で、一旦思い込むと、頑固な鉄じいらしいエピソードの一つである。

勿論、私が説明して事なきを得たのだが、もし本当に日本の運送会社に電話をしていたなら、ちんぷんかんぷんな会話が、延々と続いたに違いない。
何しろ、鉄じいは大真面目である。
電話を掛けられた相手こそいい面の皮だろうし、それを想像しただけで笑えては来る。
鉄じいには、気の毒だが・・・

余談だが、鉄じいの買ったハイエースのその後である。
前述のような車の運転から来るストレスのあまり、自分の車を鉄パイプでぼこぼこにしてしまった鉄じいであるが、たこ焼き店の火事の後、日本に帰国した際に、ダンに無償で譲り渡した。
しかし、塗装が剥がれた所から錆が浮いてきた上に、あちこち故障するものだから、殆んど使わないうちに、ダンが、二束三文で売ってしまった。

もっとも、売ったそのお金は、みんなでの飲み会に消えてしまったのは言うまでも無いが、再渡比した時に、そのことを一言も、私にもダンにも訪ねてはいない。
一回自分の元を離れたものには、一切未練を持たないというのが彼の流儀である。
しかしマリベールの件は、サリサリ親父の死と共に、暫くの間、深く彼の心の底で傷となって残っていたようだ。
猪突猛進の彼ではあったが、もしかしたら、人生で最大のショックで有ったのかも知れない。

あとがき終わり・・・

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鉄じいがゆく 第26話 (マリベール その9) [改訂保存版]

イムスのパレンケ(市場)は、結構な広さがある。
近郊では一番大きいらしく、バコール、ダスマリニャス、辺りの住人も買いに来ているらしい。
まあ、都心と比べて土地代も安いのだろうから、規模も大きくなるのかも知れない。
暇つぶしにそこいらを歩いて見ていると、遠くの前方に、マリベールとドミン(彼女の悪友)に良く似た二人が、一緒に手をつないで仲良く歩いているのを見かけてしまった。

むむっ、と私は思ったのだが、マリベールはサリサリ親父の所にいるはずだし、見間違いかも知れないと思い、わざと鉄じいには云わないでいることにした。
もし本物だとしたら、マリベール贔屓の鉄じいが、怒り狂うのは目に見えているからだ。
適当にその辺で飯を済ませ、我々は、マリベールの家まで戻ることにした。
もしかしたら、ジープもサリサリ親父も、家に戻っているかも知れない。

再びトライシケルに乗った我々は、マリベールの家まで戻っていったのだが、その近くまで来ると、家の前にはちゃんとジープが止めてあるのを確認した。
安心して家に入ると、すごい光景が目に飛び込んできた。
サリサリ親父が鬼のような形相で、木切れを手に持って、ダニーを思い切り打ち据えていたのである。
軍隊仕込みなのか、手加減など一切なしの本気での折檻である。

彼は、我々の姿をみとめると、殴るのを止め、近づいてくると、こう云った。
『すまない、本当にすまない、こいつは、本当にどうしようもない奴で.....』
そういうと、サリサリ親父は、また、木切れで、ダニーの背中の辺りを一回殴った。
ダニーのTシャツは破れ、あちこちから、血が流れ出ているのだが、かまわずに、サリサリ親父が、再び木切れを振りかぶって、まだ殴ろうとした。

鉄じいが思わず、『TAMANA』(もういいよ)と叫んだ。
私もサリサリ親父の肩を後ろから木切れをつかんで、それ以上打ち据えるのを引きとめた。
ようやくサリサリ親父は、我に帰ったように、木切れを捨ててそこに座り込んでしまった。
『私は、恥ずかしい...』
サリサリ親父が、涙を流している。

別に彼が悪いのでも何でもないのだが、サリサリ親父が、この一家を代表して謝っているのだ。
我々はしばらく茫然としていたが、それにうなずいているしか無かった。
サリサリ親父の気持ちが、痛いほど分かったのだ。
鉄じいとサリサリ親父と私の3人は、鉄じいのジープに乗ってマニラまで帰ることにした。
『もう、あれ以上あの家族に構わないでくれ』、という、サリサリ親父の断っての希望であったからだ。

『これ以上の親切は仇になると』いう彼のその言葉に、さすがの鉄じいも、納得するしかなかったのである。
元はといえば彼が、マリベール可愛さのあまり、独り善がりの気持ちで買ってしまったジープである。
押し付けの親切ほど身にならないという、典型的な例であったかも知れない。
今回のことほど、鉄じいの心を揺さぶった事件はなかったのであろう。
帰りのジープは鉄じいが運転していたのだが、不気味なまでに沈黙を守る静かな鉄じいであったからだ。

サリサリ親父を家に送っていく途中で、鉄じいには悟られないようにして、マリベールの消息を小声で聞いてみた。
以外にも、彼は知らないという。
不審に思い尋ねると、意外な答えが返ってきた。
マラボンにいるマリベールの従兄弟、つまりサリサリ親父の姪が、3日前に訪ねて来て親父の家に泊まったらしいのだが、帰る時に、マリベールを少しの間連れて帰りたいというので、許可をして仕舞ったらしい。

その姪は、大変真面目な敬虔なカトリックのシスターで、まあ彼女の所なら安心だと思い、サリサリ親父もOKを出したのだと云っている。
『何故、聞くのだ?』、とサリサリ親父がしつこく問うので、あくまでも未確認情報だということにして、イムスのパレンケでの目撃情報の話をした。
その話を聞くと、サリサリ親父の顔色が、みるみる変わっていくのが見て分かった。

私が、「鉄じいには内緒だよ!」と言っても、小さく頷くだけで、既に心ここにあらずという雰囲気だ。
ひょっとすると、何か思い当たる節でもあるのかも知れない。
自分の兄弟の家族とはいえ、マリベールを学校に行かせる為に引き取ったことといい、あくまでも肉親思いのサリサリ親父ではある。
厳しさと優しさが、交互に顔を見せる人間的な親父だが、年が離れた弟の家庭が、余程不憫ならないのであろう。

サリサリ親父の顔を見ていると、彼の苦悩が手に取るようにわかるように思える。
彼の家に到着した時は、別れ際にまで私と鉄じいの手を握り、改めて感謝と謝罪の言葉を口にした。
鉄じいには抱擁まで交わしてその感謝の気持ちを伝えたので、さすがの鉄じいも、少しほろりときたようだ。
人に自分の心を伝えるというのは、本当に難しいことだなと思う。
人に親切を施すのでも、あくまでも、人を生かす親切でなければその人の為にはならない。

サリサリ親父からは、沢山学ぶことが出来た我々であった。
さて、時はそれから、1週間が過ぎようとしていたある日のこと・・・
鉄じいのジープは、相変わらず使われないまま、彼のアパートの前に停まったままだ。
仕事を始めないと、持ってきたお金もいつかはなくなってしまうだろうから、町をぶらぶらとしながらも、自分の出来る商売を考える毎日の鉄じいであった。

マリベールがもう来ることは無いのだからと引越しを勧めていたのだが、せめてデポジット(敷金)を、使い切るまで、引っ越すのは勿体無いということで、あと半月以上は住んでいなければならない。
まあ、新しい、アパートを探すのは、それからでも良かろう。
そんなある日の夜のこと、例のサリサリ親父から、私に電話が掛かってきた。
何事かと話を聞いてみたら、思いもかけないことをサリサリ親父が云った。

マリベールが、従兄弟のマドレー(修道女)の所に遊びにいったまま帰らず、どうやらそこから行方を晦ましたらしく、今現在も所在不明のままだという。
私の目撃情報も、どうやら本当だったらしいのだ。
マリベールの悪友であるドミンも一緒に行方不明らしく、奴の家にも帰っていないらしい。
サリサリ親父が云うには、万が一とは思うが、マリベールが鉄じいの所に行くかも知れない。

そうなった時は、知らせて欲しいというものだった。
私はこれを聞いたが、鉄じいに知らせるべきか、正直迷ってしまった。
今これを知らせると、せっかく寝た子を、起こすようなものかも知れないと思ったからだ。
しかし、サリサリ親父の云う通り、万が一のことがあったら大変である。
仕方がないので、鉄じいのアパートまで知らせに行くことにした。

もう夜の10時近くだというのに、こんな時間でもここバクラーランでは、当たり前のように、小さな子供達が未だに沢山路上で遊んでいる。
24時間営業のサリサリストアなどでは、夜中の2時や3時にでも、子供達が買い物に訪れているくらいだ。
特に、クリスマスや大晦日の花火騒動の時など、他の地域とは一線を画すほどの賑わいぶりである。
鉄じいは、まだ起きていて、テレビを見ていた。

突然の訪問に彼も吃驚したみたいだが、まあ上がれといって、台所へビールを取りに行ってくれた。
ビールを飲みながら、さっそく鉄じいにマリベールの話をすると、意外な答えが彼から返ってきた。
『ああ、マリベールならさっき来たでえ・・・』
『て、鉄じい、そりゃぁ、ホ、ホンマか!?』
『ホンマも嘘もあるかいな、来たんやから、来たっちゅうとるがな、何でわしがお前に嘘つかんとあかんのんじゃい』

鉄じいは、別に悪びれることなくそう云った
『で、で、何云うとったんや、マリベールは?』
『なにも、こうもあるかい!、サリサリ親父がわしが元気かーちゅうて、彼女にお土産持たしてくれただけや。』
と言って鉄じいは、棚の上に置いてあるブランデーのボトルを指差した。
私は嫌な予感がするのを、胸の中で押さえながらこう云った。

『す、すると鉄じい、マリベールはそのブランデーを土産に持って来ただけちゅう訳やな?』
『そりゃそうやがな、そやからわしも、ああ有難うお前も元気かい?て、マリベールに云うただけや・・』
鉄じいが、何をそこまで聞くのかい、という不思議な顔付きをするので、サリサリ親父の話を全部彼に聞かせた。
それを聞くと鉄じいも、さすがに吃驚して、溜息をつきながらこう云った。
『どないなっとんねんこりゃあ、じゃあこの土産のブランデーは、一体誰から貰うて来たちゅうねん?』

鉄じいは、首を左右に振りながら、私の顔を見つめている。
『まあ、サリサリ親父でないことは確かやな、鉄じい、マリベールが置いていったのはほんまにそれだけでっか?』
『いや、まだあるでえ、後で取りに来るから預かってくれっちゅう物が、ほれっ、そこにあるわい!』
鉄じいが、箱にテープでグルグル巻いたものを、指差しながらそう言った。
今度は嫌な予感というより、恐ろしい予感の方が、私の頭の中で広がっていくのを禁じ得なかった。


続く・・・

鉄じいがゆく 第25話 (マリベール その8) [改訂保存版]

次の日曜日、私は鉄じいに引かれて、嫌々ながらも、イムスまで出かけることになった。
人を生かせないような助けなら要らない、とまで言われたサリサリ親父の言葉に感動した鉄じいは、折角の彼の苦言に応える為にも、一刻も早く事情を早く確かめないといけない、などと柄にもないことを云って、朝から張り切っている。
あまり張り切らないでよという私の言葉など、頭から耳を貸すはずも無く、服を着替えるにも、急げ急げの一点張りだ。

バクラーランからイムスまでは、ジープもあるし、バス、FXタクシー(乗合い)などと、いろいろと交通手段がある。
その中のFXタクシーは、上記の区間で、当時は12ペソ位であったろうか!?
ジープより3割方高いのだが、エアコンが効いているので涼しくていい。
但し、せいぜい運転手を含めて9人が限度なのを、もう2人余計に乗せる為、特に運転手の後部座席に座る場合など、4人も乗せるので、窮屈で身動きも取れない。

すし詰め状態もいいところで、我々日本人にとっては、到底快適な乗り物とは云いがたい。
特に最近は、昔と違っ、この国の人たちの栄養状況の変化から、肥満形の人が増え余計に狭くなっている。
そういった面では、時代にそぐわない客の乗せ方になっているようだ。
しかし、今回はそのFXタクシーを使うことにした。
やはり、エアコン付きには代え難いのと、タクシーなら、帰りの運賃まで請求されることが多いので不経済なのだ。

カビテのイムスから首都圏まで客が拾えない場合、タクシーは帰りのガソリン代を自分で負担しなければならない。
ましてや、時間が掛かる分、その間客を拾えない時間も無駄にして仕舞う。
長距離だと言って、あまり歓迎されないのもそういう所に原因があった。
ともあれ、我々は一番後ろに座ったので、やや楽ではあったが、窮屈なことには変わりは無い。
トヨタのタマラウという車種だが、もともとこの乗合タクシー専用に作られた物らしい。

乗合タクシー御用達といった風な乗り物である。
イムスまでは、それに乗って約30分。
相変わらず、日曜日は渋滞もなく快適だ。
パレンケ(市場)の近くで乗り物から降りて、そこからはトライシケルをチャーターした。
こうした方が、より早くマリベールの家に到着できる。

うろ覚えの記憶しかなかったので、少し探すのに苦労はしたが、途中で教会があった事、その近くの川のほとりに家があったことを覚えていたので、20分は掛からなかったであろう。
何とか、無事には辿り着く事が出来た。
トライシクルを降りて、家の前を見渡してみたが、ジープの姿は見えない。
ひょっとしたら、ジープを動かして、バクラーラン⇔イムスを、営業中なのかもしれない。

その時に、ふとその近所にある、バスケットボールコートの方へ目をやった。
そこには、見たような顔がボールを持って、しきりにシュートの練習をしている。
良く見ると、マリベールの兄のダニーのようだ。
何で奴が、ここにいるのだろう!?
彼が、ジープを運転している筈なのに・・・

我々は、家の方向に行かず、真っ直ぐに、バスケットボールコートに向かって行った。
ダニーは、一生懸命ボールを地面にバウンドさせて遊んでいたが、鉄じいの顔を見ると、「あっ」という 顔をして、逃げ出しそうな仕草をみせた。
『おりゃあ、待たんかい!』
鉄じいが、空手で鍛えた気合で声を掛けた。

天地も、張り裂けんばかりの大声である。
ダニーは、ビクっとして足を止めた。
『こいつめ!』、とダニーの後ろ襟を鉄じいがわし掴みにし、引き倒そうとするのを私が押さえて云った。
『鉄じい、ここで手荒な真似はあきまへん、まだ悪いことをしたとも限らんし、ここはそこの番屋でじっくりと吟味や。』

『まあ、それもそうやな、じゃあ、こいつの家に連れて行こう。』
『うんうん・・・』
私と鉄じいは、取りあえずダニ−に詳しく事情を聞くべく、3人で奴の家にへと向かって行った。
鉄じいは、ダニーを、無理やり家に引きずり込むようにして入れるとこう怒鳴って言った。
『やいやいやいやいやい、お天道様は黙っていても、この『バクラーランの鉄様』の目は、誤魔化されえねえぜ!』

『・・・・・・』
『黙っていねえで、何とか喋らんかい、おうダニーよ、ネタは上がっているんだ!』
鉄じいの威勢のいい啖呵を聞いて、驚いたのはその家の中にいた一家の親父と、姉のセシルなどの家族である。
一瞬の内に、恐怖で皆の顔が引き攣って来た。
皆、全てを悟ったのであろう。

鉄じいの怒りの表情を見ただけでもう観念したのか、親父は途方に呉れた顔をしているし、セシルはおろおろして、隠れ場所を探すように辺りをキョロキョロ見回していたが、やがてそのまま床にぺたっと座り込んでしまった。
もはや、家族中で何かを隠しているのは明白であろう。
おっさん、早うお前が尋問せえ・・・』
鉄じいは、私を促した。

急かされた私は、態度と言葉を改めて、お白州に立った。
『これより、ジープ紛失騒動の一件につき吟味を致す、一同の者おもてをあげ~い!』
『はっ、ははあ・・・』
土下座や平伏はなかったものの、家族全員神妙な顔付きで私の顔を見つめた。
気の弱いマリベールの親父などは、青ざめて唇がぶるぶると震えている。

『これダニーや、ジープは何処にやったのじゃ、観念して白状してしまえ、お上にもお慈悲がある、潔く白状したならば罪を軽くしてやるがどうじゃな?、さあ恐いったら全て吐いてしまえ~い!』
私はそう云ったのだが、ダニ−もみんなも黙りこくって、誰も返答しようとしない。
それを見ていた鉄じいは、これでは埒があかんと業を煮やしたのか、いきなり台所へ走り、その辺にあったガラスコップを一つ掴むと、バリバリと音を立てて食べ始めた。

これにはみな、流石に腰を抜かして驚いた。
初めて見た光景に恐怖が加わり、セシルなどは悲鳴を上げて気絶してしまった。
私も呆気に取られたが、このガラスコップ食いを見たことも無い人達からすると、鉄じいの怒りの形相と云い、誰だって次は殺されるかも知れないと思うのも、まあ無理はあるまい。
とうとう、ダニーが恐怖に震えながら白状を始めた。

彼の話の内容とはこうである。
最初の内は、客も沢山乗ってきて、段々とお金も入ってくるから、面白くなって続けていたのだが、その内、生来の怠け癖が持ち上げてきて、次第に運行回数が減っていくようになった。
実入りが少なくなるのに生活費は当たり前にいるのだから、終いには、燃料を買うお金にも困ってくるのも当然である。
そうしてとうとう、ジープを他人にレンタルすることを思いついてしまった。

そうなると、レンタル料は入ってくるのだが、その分収入が少なくなるのと、自分が運転してバクラーランまで行く必要も無くなるので、わざわざ鉄じいに、レンタル料を支払いに行くのが億劫になったらしい。
何という、度外れた怠け者であろう。
マリベールにしてもそうだったが、あの妹にしてこの兄貴である。
さすがの鉄じいも、怒りを通り越して、呆れてしまった。

しかし、このまま放って置く訳にもいかないので、取りあえずジープは取り戻して来いと、ダニーを外に出してやった。
ダニーは、鉄じいのゲラス喰いに恐れをなしていたので、それを聞くとすっ飛んで家を出て行った。
セシルとマリベールの親父は、茫然とそれを見送るのみである。
その間に我々は、サリサリ親父に電話をすることにした。
幸い彼が電話に出たので、私が事のいきさつを説明すると、すぐにここに来るという。

電話の向こうで、ダニーに対して怒っているのが感じられたが、鉄じいや私の手前、当然の事かも知れない。
しばらくしてダニーが戻って来たが、ジープは今貸し出している奴が運転して出ているので、帰り次第ここに戻してくれるよう、家人に頼んだと言っている。
こうなったら、サリサリ親父がやって来るのと、ジープが戻ってくるのを待つほかは無い。
それらを待つ間に我々は、飯を喰うべく、トライシケルを拾い市場のあたりまで戻ることにした。


続く・・・




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